2012GWの旅① 信濃国分寺
2012年、GWの旅を記録したいと思います。
今年は2泊3日で長野~群馬県を旅してきました。
このブログから当然わかるかと思いますが、軽井沢で優雅にGW、
ということにはもちろんならず、国分寺跡と戦国武将に明け暮れた
旅行となりました。楽しかった。。。本当に。。。
まずは5月3日、信濃国分寺から記録していきます!
信濃国分寺は、現在の長野県上田市にあります。

こちらが案内図です。
僧寺跡、尼寺跡をしなの鉄道が突っ切る形です。

信濃国分寺跡は、現在史跡公園として
きれいに整備されています。

ちょっと解説が見にくいですね。
現在も残る三重塔ですが、これはのちほど書きます。

こちらが国分寺資料館です。
まずこちらで概要をお勉強してから、跡地をまわってみました。

史跡公園の様子。これは僧寺跡の方です。
緑がいっぱいの広々とした公園でした。

僧寺の伽藍配置図です。南大門・中門・金堂・講堂が南北一直線に並び、
中門と講堂が廻廊でつながっています。
そして金堂の東南に塔が建てられていました。

では実際に伽藍を歩いてみよう!ということで。。
まずは講堂跡です。

このように、かつての境内をしなの鉄道の線路が
横切っています。
信濃国分寺跡は、↑のように各建物の跡地が
きれいに整備されているので、かつての姿を
想像しながら楽しく散策することができます。
一つ一つを確認して帰ることをおススメいたします。
本当に跡地っていつ行っても心が躍ります(笑)
で、これはかつての、創建当時の国分寺跡です。
創建当時の国分寺は、平安時代、平将門の乱の際に
焼失したと伝えられているようです。
その後現在の地へ移転したと考えられています。
こちらが現在の国分寺の仁王門です。

交通量の多い道路に面しているので、
資料館から現境内へ渡るのは結構大変です。
危ないので、陸橋を使って横断してください。

仁王門から坂を上がり、歩いて3分ほどで
現国分寺へ到着します。

こちらが本堂(薬師堂)です。
江戸時代末期に建てられ、長野県宝に指定されています。

重要文化財に指定されています。
塔内には建久8年(1197年)の墨書があったとされますが、
建立は室町時代中期となっています。
創建当時の国分寺は失われてしまったものの、
こうして現在の国分寺は立派な姿を保っています。
跡地と現在の姿をセットで見られて、とても楽しかったです!
さて現国分寺を後にして、資料館の方へ戻ってきました。

説明によると、平安初期、国分寺・国分尼寺の
大修理の際の操業とされているようです。

このように露出展示されていました。
いや~今回の国分寺も本当によかったです!
実は今回の旅では、もう一つ国分寺跡に行ってしまったんですが。。
せっかくなので国分寺カテゴリーもいずれ作っていこうかと
目論んでいます。となるとますます旅が忙しくなるな。。。
というところで①を終わります。
2012GWの旅② 上田城! へ続く
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